令和7年に金融庁が公表した監督指針の改正案では、投資助言・代理業におけるコンプライアンス業務について、「外部委託の余地がある」との新たな方針が示されました。これまで、こうした業務は原則として社内で対応すべきものとされてきましたが、今回の改正案は、業務の一部または全部を外部の専門家に委託する可能性を開くものとして、業界関係者の間で注目を集めています。
この動きは、金融業界における人材不足や業務の複雑化、そして効率化へのニーズを背景にしたものです。特に、これから投資助言・代理業への参入を検討している方や、すでに小規模で事業を運営している方にとっては、社内体制の柔軟な構築が可能になるという意味で、大きな転機となるかもしれません。
本記事では、今回の制度改正が何を意味するのか、そして実務上どこまで外部委託が可能なのかを、わかりやすく解説します。制度の背景から、実際に委託を検討する際の注意点まで、金融分野に詳しくない方にも理解しやすいように整理していますので、ぜひ最後までご覧ください。
📝記事概要と本記事の想定読者
記事概要:
令和7年に金融庁が公表した監督指針改正案により、投資助言・代理業におけるコンプライアンス業務の「外部委託」が制度上認められる方向性が示されました。本記事では、制度改正の背景やパブリックコメントの要点を踏まえつつ、外部委託の可能性と限界、登録実務への影響、小規模事業者が取るべき対応について詳しく解説します。さらに、AI技術の活用による将来的なコンプライアンス支援の展望や、読者の疑問に答えるQ&Aも掲載。投資助言・代理業への参入を検討している事業者や、既存業者の体制見直しに役立つ実務的な情報を網羅しています。
想定読者:
- 投資助言・代理業への新規参入を検討している事業者
- 登録維持に課題を抱える中小金融事業者
- コンプライアンス体制の見直しを検討している経営者・担当者
- 金融業界の制度改正に関心のある士業・コンサルタント
◇投資助言・代理業とは何か?
まず、本題に入る前に、投資助言・代理業の定義と役割。そして、投資助言・代理業の登録制度と金融庁の監督体制について簡単にまとめてみます。
投資助言・代理業は、顧客である投資者に対し、投資顧問契約に基づき、有価証券や金融商品の価値等の分析に基づく助言を行う「投資助言業」と、他の業者から委託を受けて契約締結の代理・媒介を行う「投資代理業」の二つの業務から成り立っています。
登録には、経営者・助言担当者・コンプライアンス担当者・内部監査担当者それぞれに最低3年の実務経験が求められ、社内体制の整備が不可欠です。少人数での登録も可能ですが、金融業経験者が2名以上必要で、外部支援への依存度が高くなる傾向があります。
こうした人的構成要件は登録後も維持が求められ、要件を満たせなくなった場合は登録取消のリスクがあります。
◇コンプライアンス業務の内容と重要性
投資助言・代理業者のコンプライアンス部門は、広告審査、契約書チェック、反社チェックなど、適切な業務運営のための実務を担っています。金融商品取引業者には、他業種以上に強い顧客 保護が求められており、登録時にはコンプライアンス体制の適切性が厳しく審査されます。
登録後も体制が不十分な事業者には、業務停止処分などの行政処分が下されることがあり、コンプライアンスは事業の根幹を支える重要な要素です。
◇制度改正の背景とパブリックコメントの要点
令和7年の監督指針改正案に関するパブリックコメントでは、以下の3つの背景が示されました。
- 「貯蓄から投資へ」の流れの加速
- 中小業者の実務負担への配慮
- 金融システムの安定と透明性の確保
これらを踏まえ、コンプライアンス体制についても「外部委託の余地がある」と明記され、一定の条件下で外部委託が可能であることが示されました。
◇外部委託の可能性と実務上の限界
従来は、コンプライアンス業務を弁護士等の外部専門家に全面委託することは認められていませんでした。今回の改正案により、一部委託の可能性は開かれましたが、全面委託の解禁は現実的ではないと考えられます。
その理由は、コンプライアンスの問題が日常的に発生する業務であり、社内に一定の知識と経験を持つ担当者がいなければ、適切な業務運営が困難だからです。登録実務でもこの点は重視され続けるでしょう。
たとえば、小規模事業者が広告審査業務を外部の弁護士に委託しつつ、契約書チェックや反社チェックは社内で対応するという形で、登録要件を満たすケースが想定されます。こうした柔軟な体制構築が、今後の実務で重要になってきます。
◇委託を検討する際の実務的な確認ポイント
外部委託を活用する場合、以下の点を事前に確認しておくと安心です。
- 委託先の専門性や金融業界での実績
- 委託契約の内容(業務範囲、報告義務、連絡体制など)
- 社内の監督者が業務を理解し、適切に管理できる体制
- 金融庁の登録維持要件を満たす人的構成が維持できるか
また、外部委託によってコンプライアンスコストが大幅に削減できると考える方もいるかもしれませんが、現状では、名目的な関与では不十分であり、専属担当者の雇用と同程度のコストがかかる可能性がある点にも注意が必要です。
◇技術革新と今後の展望
AI技術の進展により、将来的にはコンプライアンス業務の一部を自動化することも可能になるかもしれません。すでに、広告文言の自動チェックや契約書のリスク抽出など、特定業務においては実用化が進んでいます。
たとえば、野村グループでは、Amazon Bedrockを活用した広告審査AIの開発を進めており、金融商品の宣伝資料が法令に準拠しているかを自動で判定する仕組みを構築しています。また、SMBCグループでは、Microsoft Azure上に独自のAIアシスタント「SMBC-GPT」を開発し、社内文書の作成や要約、翻訳業務の効率化を図っています。
さらに、米国では「Hadrius」というAIツールが注目されており、電子メールやチャットの内容をリアルタイムで監視し、コンプライアンス違反の可能性がある表現を自動検知する機能を提供しています。マーケティング資料のレビューや従業員の行動監視にも活用されており、特に中小の投資助言業者やRIA(登録投資顧問)にとっては、人的リソースの限界を補う有力な選択肢となっています。
ただし、現時点ではAIによる支援はあくまで補助的なものであり、人的判断を完全に代替するものではありません。法令の解釈や顧客対応においては、依然として人間の判断力と倫理観が不可欠です。AIの導入にあたっては、誤検知や過剰検知のリスク、データ品質の確保、システム統合の課題なども慎重に検討する必要があります。
今後は、AIと人間の役割分担を明確にしながら、業務の効率化とコンプライアンス精度の両立を図ることが求められます。特に、少人数体制で投資助言・代理業を運営する事業者にとっては、AIの活用が「登録維持のための実務支援」として現実的な選択肢となる可能性があります。
制度改正と技術革新が交差する今、事業者は「人材 × 外部委託 × AI支援」という三位一体の体制構築を視野に入れ、柔軟かつ戦略的な対応を進めていくことが重要です。
◇まとめ:投資助言・代理業への参入を考えている事業者が取るべき対応
制度改正が正式に適用された場合、社内にコンプライアンス業務を担える人材がいるかを確認し、外部委託を活用する場合は、委託先の選定や契約内容の整備を進めておくとよいでしょう。
制度の緩和が適用されれば、今まで参入できなかった事業者にも新たなチャンスが生まれます。正しい理解と準備が、事業の安定と信頼につながることを意識し、制度の動向や技術革新を注視しながら、柔軟に対応していくことが重要です。
◇よくある質問(Q&A)
Q1. 外部委託すれば、社内にコンプライアンス担当者を置かなくてもよいのですか?
A1. いいえ。制度改正後も、社内に一定の知識と経験を持つコンプライアンス担当者の配置は必要です。
Q2. 外部委託によってコスト削減は可能ですか?
A2. 一部業務の効率化は期待できますが、実質的な関与が求められるため、専属担当者の雇用と同程度のコストがかかる可能性があります
参考資料
・金融庁:「金融商品取引業者等向けの総合的な監督指針」等の一部改正(案)の公表について
・note記事:AWS Bedrock AI事例研究: [野村グループ] – 生成AIを活用したコンプライアンス強化、広告レビュー加速、グローバルオペレーション最適化
・AI総合研究所ホームページ
・生成AI活用事例集
関連ページ
・【2025年度版】投資助言・代理業に登録するための人的構成要件まとめ
・投資助言・代理業者に求められる適合性の原則に基づく取引時の顧客審査について
・金融商品取引業者に対する広告規制
・【入門】投資助言・代理業に登録することでできるようになる業務とは?
・【解説】登録取消を防ぐには?投資助言・代理業で見落とされがちな人的要件と回避策
コメント