近年、YouTube・X・noteなどで投資に関する情報発信を行う個人が、「セミナー」という形で情報提供の場を設けるケースが増えています。
- 投資の考え方を伝えたい
- 投資信託と個別株の違いを整理したい
- 経済指標の見方を初心者向けに解説したい
こうした“教育的な内容”のセミナーを企画する発信者は少なくありません。
しかし、実際にセミナーを開催すると、主催者が想定していた内容と、受講者が求めている内容の間に、大きなズレが生じることがあります。
たとえば──
- 「結局、何を買えばいいんですか?」
- 「今は買いですか?売りですか?」
- 「おすすめの銘柄を教えてください」
といった質問が、その場で飛んでくることは珍しくありません。
発信者としては、あくまで一般的な考え方を伝えるセミナーのつもりだった。しかし受講者側は、“儲かる情報”や“売買タイミング”を期待して参加している。
このズレは単なる価値観の違いにとどまらず、場合によっては投資助言規制との関係で無視できないリスクを生むこともあります。
本記事では、金融法務コンサルタントとして私が実際にご相談を受けた事例をベースに、
- 投資情報発信者がセミナーを企画した際に起きやすいズレ
- 受講者との期待の不一致が生む問題
- なぜこの問題が起きやすいのか
- 発信者が事前に意識しておくべきポイント
を、セミナー設計論には踏み込まず整理していきます。
「投資助言に踏み込まないセミナーのつもりだったのに、気づけば助言っぽい質問が飛んできて困った」そんな経験がある方、あるいはこれからセミナーを企画しようとしている方に、ぜひ読んでいただきたい内容です。
本記事の概要
投資情報発信者がセミナーを企画する際、「投資助言に踏み込まず、考え方や基礎知識を伝える内容にしたい」と考える方は多いと思います。
しかし実際には、受講者側から
- 何を買えばいいのか
- 今は売りか買いか
- おすすめ銘柄はあるのか
といった具体的な投資判断に関する質問が寄せられやすく、主催者の意図と受講者の期待の間にズレが生じることは珍しくありません。
このズレは、
- 単なる価値観の違いにとどまらず、
- セミナーの方向性の変化
- 主催者側の対応の難しさ
- 投資助言との境界の曖昧化
といった問題につながることがあります。
本記事では、実際の相談事例をベースに、
- 教育型セミナーでも起きやすい「期待のズレ」
- 受講者が具体的な答えを求めてくる理由
- 主催者側に生じる葛藤
- 見落とされがちな注意点
を整理します。
なお、本記事ではセミナーの具体的な設計方法や運営上の対策には踏み込まず、まずは「なぜ問題が起きやすいのか」という構造面に焦点を当てています。
これからセミナー開催を検討している投資情報発信者の方、あるいは既に開催していて違和感や難しさを感じている方にとって、事前に押さえておきたい視点をまとめた内容です。
相談事例:教育型セミナーのはずが「銘柄相談会」に
ある投資情報発信者の方から、次のようなご相談を受けました。
「投資助言に踏み込まない形で、初心者向けのセミナーを開催したい。投資の考え方や商品理解を中心にした内容にする予定です。」
内容を伺うと、テーマは次のようなものでした。
- 投資信託と個別株の違い
- 分散投資の考え方
- 経済指標の基本
- 長期投資の視点
いずれも、一般的な知識や考え方を整理する教育型セミナーです。個別銘柄の推奨や売買判断には踏み込まない前提でした。
ところが、実際にセミナーを開催すると、質疑応答で寄せられた質問の多くは次のような内容でした。
- 「おすすめの銘柄はありますか?」
- 「今は買い時ですか?」
- 「この投資信託はどう思いますか?」
- 「私の保有銘柄は売るべきでしょうか?」
さらに、セミナー終了後には、
- 個別相談の依頼
- DMでの質問
- ポートフォリオの見直し相談
なども寄せられたといいます。
主催者としては、あくまで「考え方を共有する場」のつもりだった。しかし参加者の多くは、具体的な答えを求めて参加していたのです。
結果として、
- どこまで答えてよいのか
- どこからが踏み込みすぎなのか
- 断ると満足度が下がるのではないか
といった葛藤が生じることになりました。
このようなズレは、特定の人に限った話ではありません。むしろ、投資情報発信者がセミナーを開催する場合、非常に起きやすい構図といえます。
なぜこうしたズレは起きやすいのか
「投資セミナー」という言葉の期待値

まず大きいのは、「投資セミナー」という言葉が持つ期待値です。
発信者側の認識
= 知識共有
= 教育
= 考え方の整理
受講者側の認識
= 儲かるヒント
= 具体的銘柄
= 売買タイミング
同じ「投資セミナー」でも、想定している中身がまったく違うのです。
発信者は「一般論」を伝えるつもりでも、受講者は「自分に当てはまる答え」を期待して参加します。この認識のズレが、質疑応答の場面で一気に表面化します。
無料・低価格セミナーほど起きやすい

参加費が低いほど、
- とりあえず答えを聞きたい
- 気軽に相談したい
- 具体的に教えてほしい
という参加動機になりやすくなります。
特に、日頃から情報発信を見ている受講者は、
「この人なら教えてくれる」
「ここで聞けば答えてくれる」
という期待を持って参加します。
SNS発信との連続性

普段の発信内容も影響します。
- 相場解説
- 銘柄言及
- 市場コメント
- 投資観の共有
これらが積み重なると、受講者側は無意識に、
「この人は相談できる人」
「判断を聞ける人」
という認識を持つようになります。セミナーは、その延長線上にある場として捉えられやすいのです。
発信者側に生じる葛藤
こうした状況になると、
主催者側には独特の葛藤が生まれます。
答えないと満足度が下がる
質問に対して、
「それは答えられません」
とだけ返すのは、心理的に難しいものです。
- 参加者の期待
- 会場の空気
- 講師としての責任感
これらが重なると、つい何かしらのヒントを出したくなります。
答えると踏み込みやすい
しかし、ヒントを出し始めると、
- 個別銘柄
- 売買タイミング
- 判断の方向性
などに近づきやすくなります。
「一般論として」
「参考程度に」
と前置きしていても、受講者の受け取り方はコントロールできません。
善意ほど危うい
特に初心者向けセミナーほど、
- 困っている人を助けたい
- 役立つことを言いたい
- 満足して帰ってほしい
という思いが強くなります。しかし、こうした善意が、結果として線引きを曖昧にしてしまうこともあります。
問題は「違法かどうか」だけではない
ここで重要なのは、問題が単に「違法かどうか」に限らないという点です。
誤解が積み重なる
一度でも、
「この人は答えてくれる人」
という認識が形成されると、次回以降の期待値は上がります。
- 次はもっと具体的に
- 個別相談できるのでは
- DMなら答えてくれるのでは
こうした流れが生まれやすくなります。
セミナーの方向性が変わっていく
回を重ねるごとに、
- 質問内容が具体化
- 参加動機が変化
- 期待値が上昇
していくことがあります。
気づけば、教育型セミナーのはずが、相談会のような空気になっていたというケースも珍しくありません。
主催者の負担が増える
こうした状況が続くと、
- 毎回の線引き
- 断るストレス
- クレーム懸念
など、主催者側の心理的負担も増えていきます。
結果として、「セミナー自体がやりづらくなる」という声も少なくありません。
多くの発信者が見落としがちな点
セミナーは、投稿や動画とは異なり、双方向の場です。
そのため、
- 想定外の質問
- その場の空気
- 個別相談
- 終了後の接触
といった要素が一気に重なります。
特に質疑応答は、最も注意が必要な場面になりやすいポイントです。
そして重要なのは、発信者がどれだけ慎重でも、受講者の期待までは完全にコントロールできないという点です。
だからこそ、
- どんなズレが起きやすいのか
- どんな葛藤が生じやすいのか
を、事前に理解しておくことが重要になります。
まとめ
投資情報発信者がセミナーを開催する場合、たとえ教育的な内容を想定していても、受講者側からは「具体的な答え」を求められやすい構造があります。
問題は、発信者の意図ではなく、受講者の受け取り方とのズレから生じます。
セミナーは、投稿や動画よりも一歩踏み込んだ場です。
だからこそ、期待のズレや葛藤が、最も表面化しやすい場でもあります。
今回の記事では、セミナー開催時に起きやすい期待のズレを整理しました。
では実際に、
- どういう設計ならズレを小さくできるのか
- 質疑応答はどう扱うべきか
- 告知段階で何を明示するべきか
- どこまでなら踏み込めるのか
といった、セミナー設計の実務的な考え方については、別記事で詳しく整理する予定です。
セミナー開催を検討している方は、あわせて参考にしてみてください。
よくある疑問Q&A
Q1 教育目的のセミナーであれば、基本的に問題はないのでしょうか?
A. 教育目的でも、受講者の受け取り方次第で「助言っぽく見える場面」は生まれやすいです。
投資の考え方や制度、商品理解などを解説するセミナー自体が直ちに問題になるわけではありません。
しかし、セミナーは双方向の場であり、質疑応答や個別相談を通じて、結果的に具体的判断に近い内容がやり取りされやすいという特徴があります。
重要なのは、
- 自分は一般論のつもりだった
- しかし受講者は個別の答えとして受け取る
というズレが生じ得る点です。
「教育目的だから大丈夫」と安心するのではなく、教育型でも期待のズレは必ず生じるという前提で捉えておくことが大切です。
Q2 受講者から「おすすめ銘柄は?」と聞かれた場合、どう対応すればよいのでしょうか?
A. その場の空気に流されず、セミナーの趣旨に立ち返ることが重要です。
この質問は、ほぼ確実に出てきます。そして、多くの発信者が悩む場面でもあります。
ありがちな対応は、
- 一般論として少しだけ触れる
- ヒント程度なら…
- 名前は出さないが方向性だけ…
といったものですが、こうした対応は線引きを曖昧にしやすくなります。
むしろ、
- このセミナーでは個別銘柄の推奨は扱わない
- 投資判断は各自の責任で行う前提
- 今日は考え方の整理が目的
といったセミナーの前提に立ち返る姿勢が重要です。
答え方の技術というより、場の性質をどう保つかの問題といえます。
Q3 「一般論としてならOK」という理解でよいのでしょうか?
A. 「一般論として」の一言で安全になるわけではありません。
確かに、一般的な知識や制度の解説、考え方の整理などは、情報提供の範囲に収まる場合が多いです。
しかし実際のセミナーでは、
- 受講者の質問
- 文脈
- 具体的な前提
- その場の流れ
によって、同じ発言でも受け取られ方が変わります。
「一般論です」と前置きしていても、受講者が自分への助言として受け取る可能性はあります。
そのため、
- 何を言うかだけでなく
- どの場面で
- どの流れで
- 誰に対して
という点も含めて考える必要があります。
Q4 セミナー後の個別質問やDMにはどう対応すべきでしょうか?
A. セミナー外でのやり取りほど、線引きが難しくなりがちです。
セミナー終了後には、
- 個別相談
- SNSのDM
- メール質問
などが届くことがあります。
ここで対応を始めると、
- どこまで答えるか
- どこで止めるか
- 断るタイミング
が曖昧になりやすくなります。
また、セミナー中は断れた内容でも、個別の場になると答えやすくなるという心理的な変化も起きます。
セミナー本体だけでなく、終了後の導線も含めて考える必要があるという点は見落とされがちです。
Q5 参加者の満足度を下げずに線引きをすることは可能なのでしょうか?
A. 完全に両立させるのは難しいですが、ズレを小さくすることは可能です。
セミナーに参加する以上、受講者の多くは「役立つ具体性」を求めています。
そのため、
- 具体的な答えを出さない
- 個別判断に踏み込まない
という方針を取る場合、一定の物足りなさを感じる人が出るのは避けられません。
ただし、
- セミナーの趣旨を事前に明確化
- 扱う範囲の共有
- Q&Aの扱い方
- セミナーの位置づけ
などを整理することで、期待のズレを小さくすることは可能です。
重要なのは、満足度を上げることより、期待値を揃えることといえます。
Q6 そもそも、投資情報発信者はセミナーを開催しない方がよいのでしょうか?
A. そういうわけではありません。ただし、投稿や動画とは性質が違う場であることは意識する必要があります。
セミナーは、
- 直接反応が返ってくる
- 双方向性が高い
- 個別相談に近づきやすい
という特徴があります。
そのため、SNS投稿や動画よりも、一歩踏み込んだ場であることは確かです。
セミナー自体が問題なのではなく、
- どのような場として設計するのか
- 何を扱い
- 何を扱わないのか
- 期待値をどう揃えるのか
といった整理が重要になります。
こうした点については、別記事でより実務的に整理する予定なので、セミナー開催を検討している方は、あわせて参考にしてみてください。
執筆者プロフィール
金融法務コンサルタント。元行政書士として、IFA登録や投資助言・代理業登録の支援実績多数。
現在は、ブログ・noteを通じて、金融ビジネスに関わる実務家向けに、制度解釈や実務上の注意点を中心とした情報発信を行っています。現在公開中の有料note記事は、金融法務note集で紹介していますので、ご興味のある方は、ご覧ください。
本サイトでは、可能な限り一次情報・実務視点に基づいた解説を行っていますが、個別事案については一般論だけでは判断が難しいケースも少なくありません。そのような場合に限り、筆者が提供している金融法務サポートにおいて、制度上の位置付け整理やリスクの考え方についての整理支援を行っています。
本サイトでは、投資情報発信、投資助言・代理業、IFAビジネスに関する法務・コンプライアンス情報を解説しています。
ただし、個別の事業形態や状況によっては、情報だけでは判断が難しいケースもあります。そのような場合の補足的な選択肢として、コレクト金融法務コンサルタント事務所では、個別整理を目的とした金融法務サポートを行っています。
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参考資料
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・消費者庁ホームページ
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